日本の解体と再建
著 者:黒瀬 剛(くろせ つよし)
出版社:(弊社)出版サポート事業部
発 売:2004年10月
体 裁:CD−ROM/1.2mega
価 格:2000円(税込み/送料別:代金引換便にて配本)
体 裁:全14段
1段「緒論」/2段「目次」/3段「古代史解体」/4段「現代前史(T)」
5段「現代前史(2)」/6段「現代前史(3)」/7段「現代前史(4)」/
8段「現代前史解体」/9段「現代後史の構造と区分」/
10段「世界現代後史時代区分」/11段「ポスト資本主義社会」/
12段「来るべき新しい社会の全体像」/13段「現在という時代を考察する」/
14段「現代後史解体」
かつてマルクス革命の学生闘士であった著者が、日本古代史・現代史、世界の歴史、思
想、宗教、経済学などを総括し、その因果関係の論証によって次代へのベクトルを描く革命的思想書。「なぜいま、こうなっているのか…」 日本人としての真実、西洋の歴史・経済の真実が、いまあなたの目の前に晒される! あなたは、必ず、人間を解き明かす新たな手法を入手し、地球という星の過去と未来が俯瞰できるステージにのぼることだろう…
日本人とは何か?…この命題を自らに課し、戦前・戦後の思想的断絶の因果を、
日本の神代・古代にまで遡って追求。そこに現われた「日本書紀イデオロギー」とは…
また、西洋社会を、その哲学・宗教・歴史の総括で見切る、
そのキーワードたる「キリスト教単性社会」の真実とは…
そして、明治以降の日本と世界の因果の論証、
日本書紀、古事記、仏教、儒教の本質と真実、そして、
哲学、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の本質と真実、さらに、
資本主義とマルクス主義の徹底解剖と考察…
そこから導き出された『知識経済社会』とは…
歴史・宗教・哲学・政治・経済の本質を因果関係というと無理のない論法で分析。
人間と世界の本質、そしてあなた自身の本質を知りたい人は、必読である。
試読コーナー
緒 論―日本の解体ことはじめ―
本書は、「日本をわかる」ということを目的として書かれたものである。しかも古代から現在にいたるまで一貫して「理解」するという観点から構成されている。これは、私の三十数年来の念願というべきものであり、また心のトラウマ化した課題というべきものであった。
日本に関しては、これまで先人達が数多くの説を残しており、現在においてもかなりの書物や説が展開されている。しかしこれらは、ある時代を取り上げてその特徴を日本の本質としたり、あるいは現在の事柄を説明するために古い時代の事跡や事件を自己都合で取り上げるといったものが多く、私が念願しているように古代から一貫して通史でありながら、同時に現在という時代を説明し、その課題に答えるというものではなかった。
残念ながらいまだにそのような「書」に、私は出会ったことがないのである。
いわゆる「通史」は数多く存在している。しかし、現代という時代を読み解く切り口を内部に方法論として持ち、その手法を使うことによって現時点での状況を明快に説明する「通史」は、今のところ存在しない。
私が欲しいのは、歴史という各時代を構造化して、その骨格や成り立ちの原因を明らかにし、その歴史分析手法そのものが方法論化されたものである。さらにその方法論が、次の時代を読み解く導きの糸となるような歴史分析手法である。そうでなければ、現在という時代には永遠に到達することができず、その構造的解明も不可能になるのである。
しかし、このような私が求めている時代分析手法はどこにも存在せず、私は自分の手でやるほかないと思い固めるしかなかった。
この三十数年来の私自身の課題というものを、自らの手で解こうと決意したのは数年前(1996年)であった。
しかし決意だけは立派だが、日本人そのものが「なぞ」として放置したままの日本という「あいまい」な存在に立ち向かうには、あまりにも武器がなさすぎた。有史二千年以上ともいうべき日本がもつその歴史的重みに対して、手探り同然で挑もうとすることは、途方もなく絶望的な作業であると、私には思われたのである。
ただひとつだけ見通しを私はもっていた。
それは、日本の「あいまい」さの最もたるところ、すなわち日本の成り立ちというべき古代の問題と、先の大戦=日米戦争(私は「第二次世界大戦」という歴史用語を使用しない。このことの意味は、私の構築した方法論の核心のひとつをなすからである。「第二次ヨーロッパ大戦論」参照。)の敗戦による戦前と戦後の断絶の問題であり、この二つの問題を構造化し、明快に歴史的位置づけを与えることにより、その構造的解明は可能になると思われたからである。
日本の「わからなさ」のほとんどの原因は、この二つの問題にあるといってよい。
「古代史解体の意義」(序―1)で詳しく述べるように、古代史に関しては古田武彦(ふるたたけひこ)氏の業績が私の光明となり、導きの糸となった。そこにおいて、他王朝の歴史を自らの歴史と改ざんし、あたかも有史以来一貫して存在したかのように主張する「日本書紀」を、「イデオロギー」として思想的に取り出すことができたからである。これは明治維新以降、日米戦争敗戦に至るまでの「戦前」を解くための重要な方法的武器となった。明治維新は、この「日本書紀イデオロギー」を思想的根拠にすることによって成立したといってよい。明治の「和魂洋才」という意味は、「日本書紀イデオロギー」と西洋文明を同時に成立させるということであり、そのことによって日本の指導者はバランスをとろうとしたのである。
しかし明治維新とは、別の側面からいえば、欧米との遭遇による衝撃を、いかに「日本を守る」かという観点でなされたものであり、日本人が総力をあげて取り組んだ偉大な歴史的行為であった。(「明治維新の意味」参照)
明治維新以降の歴史過程は、日本そのものの問題とともに、欧米諸国が独特にもつ、その行動原理としての思想構造の解明抜きには語れない。すなわち日本側からすれば、「近代とは日本にとって何か」という、問い古され遠い記憶のかなたに過ぎ去っていった問題であり、「マルクス主義」は日本にとって受容れることが可能かという、いまでは問うも愚かな問題であった。しかし、それらの思想がなぜ欧米諸国から発せられ、形成されたのかという疑問や、その歴史的背景の根拠に対して、その当時においては、欧米諸国が構築した物質文明の圧倒的優位の前にかき消され、その思想の普遍性は当初から大前提とされ、検討を加える余地は全くなかったのである。
これが戦前と戦後の「断絶」を埋め、説明することの「難しさ」、「わかりにくさ」の原因のひとつになっていた。
そこで私は、同時に進行した日米戦争、第二次ヨーロッパ大戦の歴史過程を、日本の側からと、欧米の側から読み解き、それぞれの歴史的背景を明らかにすることにより、その本質に迫ろうと考えた。これには日露戦争という、日本にとって死力を尽くした戦いが、世界史過程においては、第一次ヨーロッパ大戦に至るまでのひとつのエピソードにすぎないという結論に達したことが、大いに参考になった。(「現代前史・帝国勃興期」参照)
そして絶好のテキストが、それぞれに存在していたのである。
日本側は、石原莞爾(いしはらかんじ)という存在そのものと、その著作(石原莞爾選集10巻 たまいらぼ刊)があり、ヨーロッパに関しては、P.F.ドラッカーの処女作たる「経済人の終わり」(ダイヤモンド社刊)があったのである。
石原莞爾に関しては、戦後日本が戦前の思想や歴史的事件の本質を全て「棚上げ」した中で、一番「棚上げ」したかった人物であり、現在は日本人が望んだとおり忘れられた存在になっている。しかし、石原莞爾が関わり、なした歴史的事件は動かせない。石原は満州事変の首謀者であり、満州建国に「五族協和」=「東亜連盟」という虹をかけた思想家であり、2・26事件の弾圧の先頭にたったリアリストであった。したがって悲惨な結果をもたらした日米戦争へ至る過程において、石原は重要な役割を担っていたというべきであり、石原の功罪を含めた正当な評価抜きには、戦前の歴史過程の本質は読み解けない、というのが私の結論であった。
「石原莞爾とその時代」(「軍国確立期」)として石原莞爾論をまとめたのは以上の理由からであり、石原が軍人として日本の将来を想定した戦略を考究し、どんなに理想の虹を描こうと、日米戦争の本質は、中国をめぐる日本とアメリカの植民地利権争奪の戦争であったことを明らかにすることであった。
石原は思想的にも、軍事作戦家として日米戦争の指揮を取れなかったという意味でも、二重に挫折した。そして石原は軍から追放され、悲惨な戦争の記憶とともに、あたかも「存在しなかったかのような」扱いをなされることによって、完全に忘れ去られたのである。
一方のヨーロッパについては、「経済人の終わり」を徹底的に分析することによって、私は決定的な方法論を手に入れることになった。
それはヨーロッパ社会の本質が「キリスト教単性社会」(「キリスト教単性社会」の最初の用語の使用は古田武彦氏である。―古田武彦著「神の運命」明石書房刊―この用語により私の欧米に対する基本的思想的態度を決めるキッカケがつくれた。古田氏に感謝する。)であり、ヨーロッパの歴史とは、すなわち「キリスト教単性社会」の宗教的論理のきわめて偏向した展開を忠実に反映したものであるという、歴史認識そのものに到達したことであった。
そして、「経済人の終わり」の分析と批判の最大の成果は、第二次ヨーロッパ大戦が「キリスト教単性社会」の思想的破綻(「キリスト教単性社会」が生み出した不完全なるもの=資本主義、しくじった神=マルクス主義の二つながらの破綻)に基づいており、ヨーロッパ人は絶望のあまり「ファシズム」に身をゆだね、その狂気の中で自ら悲惨な戦争を起こしたということを、明らかにしたことである。(第二次ヨーロッパ大戦論―P.F.ドラッカ―著「経済人の終わり」を題材として―参照)
ここにおいて私は、現代という時代を構造的に解明する決定的な方法論を手に入れたのである。
十九世紀と二十世紀がヨーロッパの世紀であり、ヨーロッパの思想と認識によって解釈された世界観が世界を席巻し、その甚大な影響がヨーロッパ以外の地域にもたらされたこと、そしていまだにその呪縛がとけないでいるその原因の根本は、この第二次ヨーロッパ大戦を起こしたヨーロッパ社会の歴史的本質を思想構造的に解明することによって導き出され、その糸口が与えられることを、私は明らかにした。さらにこの解明によって、「第二次世界大戦」として公式に呼ばれ、歴史用語として定着しているこの戦争が、実は全くちがった性質の二つの戦争によって構成されており、それぞれ別個の「戦争目的」をもって戦われた戦争であった、ということが明らかになったのである。
それは、すなわち中国をめぐる植民地争奪の帝国主義的戦争としての日米戦争、そして「キリスト教単性社会」の思想的破綻が絶望という狂気を呼び、自滅的戦いに突入していった第二次ヨーロッパ大戦、この二つである。
「第二次世界大戦」という史観を戦後にひろめたのは、この二つの戦争の勝者であるアメリカであった。
当時のアメリカ国民は、1930年代の恐慌の影響もあって、ヨーロッパの戦争の参戦には冷やかだったが、ルーズベルトは世界戦略プランを立て、戦後世界を見据えた世界戦略を実行に移したのである。それは日本を挑発し、日米戦争に持ち込み、日独伊三国同盟を利用することによって、ヨーロッパ参戦をなすプランであった。(アメリカの戦略 参照)
アメリカはこの二つの戦争を戦うにあたって、大義名分が必要であり、それが日本をナチスドイツと同様の「ファシズム」と極めつけ、それらの「悪」に対抗して「自由と民主」を守る「正義」の戦いとする「第二次世界大戦」史観であった。このことによってアメリカは、戦後「一人勝ち」の余勢をかり、「キリスト教単性社会」特有の価値論理をアメリカ流に拡大解釈し、すべてを「正義」の概念に還元して、その「正義」を守る英雄として自らを位置づけたのである。この世界観と認識によって、戦後におけるアメリカの「誤認」と「錯認」に基づいた、「愚かな時代」が決定づけられたのである。(現代後史・アメリカの大いなる錯認と躓き、「愚かなる時代」としての戦後 参照)
アメリカの「誤認」と「錯認」は、アメリカにとって「キリスト教単性社会」の本家というべきヨーロッパが、その歴史的所産として生み出した資本主義とマルクス主義という思想的兄弟に対し、自ら一方的「正義史観」によって、その兄弟の片割れたるマルクス主義を「赤い悪魔」と極めつけ、戦後「冷戦体制」という不毛なる世界を築きあげる結果を招く最大の原因をつくったのである。
すでに、ヨーロッパ社会が生み出した二つの思想と体制、すなわち不完全なるものとしての資本主義、しくじった神としてのマルクス主義は、第二次ヨーロッパ大戦において、その思想的破綻をヨーロッパ大衆の絶望的直観によって宣告されており、とくにマルクス主義は、その内部的論理の欠陥によって自壊は時間の問題として思想的には解決済みのことだったのである。(アメリカは、このことを今にいたっても「思想的」に理解できていない。)
真の意味で戦後の課題とは、資本主義とマルクス主義に代わる思想と体制を発見し、創り上げることがヨーロッパ社会の伝統に基づくヨーロッパ人(アメリカも含む)の誠意ある態度というものだったのである。(ドラッカーは正直にその問題に立ち向かったが、しかし、それが不可能であるということは、本書の主題となっている。)
しかしアメリカは、自らの体制たる資本主義を、最も優れた「自由の体制」とみなし、その立場を強固にするために、現代における異端審問というべき「マッカーシズム」によって、国内の思想規制をがんじがらめに張り巡らし、「キリスト教単性社会」の純化をはかっていったのである。(その意味でアメリカには、今日に至るまで「思想の自由」は存在しないのである!)
以上のことによってアメリカは、単純明快な「アメリカ的正義観」を確立し、アメリカ自身が「正義」と信じる愚行を、戦後の長きにわたって、しかも今日に至るまで繰り返しているのである。
その象徴がベトナム戦争であり、アメリカ映画の単純史観を地でいった1980年代のレーガンであり、ブッシュ親子の愚行であった。
このアメリカの世界観が支配した戦後、さらには冷戦崩壊後は、「キリスト教単性社会」の思想的破綻が求めている真の課題に答えることができず、逆に世界史的な愚行が連続した、まことに不幸な時代であったと結論づけることができよう。
さらにアメリカ的正義史観は、「新たな悪魔」を求めて、宗教的同根ともいうべきイスラム社会を理不尽にも追い詰める「挙」に出ているのである。
この「キリスト教単性社会」の行き詰まりと破綻に対して、答えを出したのは、最も意外と思われるところからであった。それは極東の小国日本なのだが、そのキッカケを与える役割を果たすことになったP.F.ドラッカーについて、再度ふれなければならない。
ドラッカーは、「経済人の終わり」の後、企業を研究し、二十世紀の偉大な発見というべき「マネジメント」の概念をまとめ、企業経営に多大な影響をおよぼすことになった。この「マネジメント」の概念は、マルクス主義のいわゆる「中間層」問題を唯一克服できるものであり、これによってマルクス主義の思想的、現実的敗北が決定的となり、資本主義は「生産性革命」(この概念は、私の「知識経済社会の経済学」にとって重要な概念であり、資本主義から「知識経済社会」に至る過程において必ず「生産性革命」を通過し、この準備を経て、「知識経済社会」へと至るものととらえている。詳細は、U部「知識経済社会の経済学」で展開する。)の段階に突入し、その繁栄を謳歌することとなったのである。
その優等生が日本であった。
ドラッカーは、「経済人の終わり」で自らに課した問題に答えるべく、1993年に「ポスト資本主義社会」という解答に関する「見とおし」の書を上梓した。
そこにおいてドラッカーは、資本主義の各機関は姿を変えながら次の時代たる「知識社会」へ生きのび、西洋の伝統がひき続き「中核」におかれなければならないとして、西洋=資本主義の擁護を試みようとした。
すなわち、未来は「脱西洋」かもしれない、「反西洋」かもしれない、しかし「非西洋」ではないと。
私は、ドラッカーの「経済人の終わり」と、「ポスト資本主義社会」の労作に多大な影響を受けたことを認め、感謝しているが、結論は全く反対の立場に到達した。
すなわち、未来は「非西洋」たらざるをえない、と。
その理由は、西洋社会が「キリスト教単性社会」という極めて偏狭な宗教思想の上に成立しており、そのことを未来社会たる「知識社会」(私の言葉でいえば「知識経済社会」のことだが)への移行を大きく妨げる足枷になるという、見とおしを得たからである。
宗教的価値観を廃棄し、「信教の自由」が完全に保証されなければ、「知識社会」(または「知識経済社会」)へは到達できないということが、私の結論だからである。(この思想的側面の解明と分析は、U部において、西洋社会の思想的流れを、古代ユダヤ教から一貫した流れとしてとらえ、また、そこから派生してきたキリスト教やイスラム教がどのような位置づけをなすのかということを、詳細に検討したいと思う。)
これが「ポスト資本主義社会」を徹底的に分析して、私が到達した地平であった。
そしてドラッカーが、これからの未来を担う人間像としての「教育ある人間」の定義を巧妙に避けたのにたいして、または、西洋の伝統に沿って定義しようと試みたが、それは西洋がその内部にもつ思想的論理の破綻ゆえに不可能であるといったほうが正しいのだが、私の立場から定義をなした。(「教育ある人間」の定義 参照)
未来は、「キリスト教単性社会」という宗教に立脚した偏狭な思想と世界観から脱け出して、無限の認識の世界を自らの知識と能力によって組み立てる、「教育ある人間」たちが構成する「知識経済社会」たらざるをえないということが、「ポスト資本主義社会」論における私の結論であり、ドラッカーに対する私の解答であった。
さらに、ヨーロッパ、アメリカの「キリスト教単性社会」は、800年(カール大帝の神聖ローマ皇帝即位)より始まった長い歴史に終わりを告げ、21世紀にはどのような社会的混乱と動揺を来たそうとも、ヨーロッパ、アメリカ社会全体が新しい社会に向かって移行しなければならないというのが、これからの歴史に対する私の立場となったのである。
来るべき「知識経済社会」の参考となるサンプルは、奇跡的な経済復興を果たした日本の中にいくつか存在していた。(現代後史 日本経済の分析の各項を参照)しかし、日本は1985年に経済的成功によって国際舞台に復帰した直後、これまでの営々たる努力に自ら誉め言葉を与え、果報を貪るかのように全国民合意のもと、バブルという祝祭へと突入したのであった。(1985年の意味 バブル崩壊とアジア経済危機 参照)
数年の狂気の祝祭を経た後、日本は、長期の二日酔いというべき後遺症に苦しみ、現在に至っている。そこには、まさに西洋の伝統たる「キリスト教単性社会」が終わろうとしているとき、それに代わるべき新しい社会の姿と思想を提供すべきサンプルたる日本の姿は存在しない。
思想的痴呆に伴う判断力の低下、分析力はさらさらなく、肩を落とし、見るも無惨な体たらくであり、これでは単純史観のアメリカに引きずり回されるのがオチという、三流国の姿になりさがったのである。
しかし、「非西洋」たる本来の新たな社会の範たるものは、アジアから出現するのである。(現代後史解体 時代転換の意味するもの 参照)
その役割を担うものは、日本なのか、あるいは中国なのか。
そのどちらが主役となるかは断言できない。しかしこの二つの国を中心として、21世紀の新しい世界の見取り図は描かれることだけは確かである。
日本は果たしてその役割を演じることができるのか、あるいはそれだけの力量があるのか。
この二つの国が世界的な指導力を発揮するには、それぞれ極めて困難なハードルが存在する。
中国は、「マルクス主義の旗が降ろせるか」、ということである。
思想として歴史的に無効と証明されたマルクス主義を、あるいは土俗的香りの毛沢東主義を、国家の混乱を最小におさめながら廃棄できるかということである。中国は、現実的選択としては「生産性革命」を選び取ってはいる。しかし豊かになった人民は、現実と敵対する思想であるマルクス主義を許容するだろうか?21世紀は、中国がこの問題を解決し、ソフトランディングできるかどうかが、世界の安定と平和にとって重要なキーポイントとなるのである。
そして日本である。
日本はこれまでの日本の全歴史の中で、自らすすんで世界的役割、あるいは世界的貢献をしたことがない。何かやろうとすると、ネガティブな役回りしかやってこなかった。それも二千年の歴史の中で、せいぜい一度か二度程度である。それで大丈夫なのか。
一日本人として不安は尽きないが、世界の歴史舞台はそのような役を日本に振ってきたのだと言うしかない。しかし本当に日本はそのことが理解できるのだろうか。その見極めから始めるしかないかもしれない。
そのためには日本の再建が必要である。しかも徹底的に思想的な構築が必要であり、根底からの再建が求められている。これに耐えられるかどうかということが、日本の21世紀の課題なのである。
この二つの国が、どうにかこうにかハードルを越えられれば、中東の一角で生まれた宗教思想(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)のもたらした功罪をじっくりと俎上にのせ、「知識経済社会」の観点から、最終的な引導を渡すことが可能となるのである。テロは、彼らの宗教思想がもたらした不可避的なものであり、真に無効化するとするならば、宗教思想を無化、あるいは廃棄する環境を形成するしかない。
それを可能にするのは、東アジアの圧倒的経済力と、現実に立脚した思想の確立なのである。
21世紀とは、そういう世紀なのである。
序とT部において、全く新しい世界を手に入れた私は、U部において日本の再建の可能性をさぐり、その処方箋を提案する。さらに世界がどのように変貌するのかの、見とおしを述べる。
U部において主にあつかわれる主題は、来るべき知識経済社会の「経済学」と、新たな「政治学」の見取り図を提出し、日本の再建には欠かせない「日本とは何か」を定義することが中心となる。
それは、全く新しい概念に基づくものとなろう。
しかし今は、序とT部において、日本と世界の「解体」作業が完了したことを確認するだけでも十分であると、私は考えている。私が念願した「通史」の方法論化という課題を、果たしたからである。
現在この方法論は、私の中で熟成し、未来を読み解く思想的方法として「運動体」になりつつある。この「運動体」の導くままに、私が思いもよらない世界を見ることができれば、この永い永い思想的格闘は、あるいは楽しいものとして記憶に残るかもしれない。
1999年 4月 第一稿
2001年12月 第二稿
2002年 4月 第三稿
2003年 8月 第四稿
※「日本の解体と再建」の「緒論」全文。
※CD−ROM本体は、「縦て書き」です。