南洋(なんよう)楼閣(ろうかく)

  

著 者:坂野一人(ばんの かずひと)

出版社:文芸社(ぶんげいしゃ)

発 売:2005年2月(予定)

配 本:全国有名書店

価 格:(未定:1600円〜1800円程度

体 裁:上製本/全十章/330ページ(予定)

1章「死者の福音」/2章「蠱惑の卑弥呼」/3章「革命者のバイブル」/

4章「琉球の本性」/5章「迷宮の扉」/6章「暗渠の追走」/

7章「亜熱帯の蜃気楼」/8章「ニライカナイの幻想」/

9章「血と智の慟哭」/終章「魔女の復活」

 

コピーライター&紀行文ライターとして長年の実績を持つ著者が書き下ろした渾身の新作。

 

日本とは何か、二十一世紀の経済社会はどうなるのか…

この問いに答える謎の書『日本の解体と再建』を巡り、

仲間の死を契機に、自己の世代を見つめなおした、

かつて新人類と呼ばれた40代の中年男達が、

九州・沖縄へと飛び、驚くべき計画を暴きだす…。

その過程で巡りあった二重性格を持つ『女』は何者なのか…

物語のなかで、『日本の解体と再建』の実在の著者が登場し、

新たな世界経済圏の構想と、日本の位置づけを語る。

これまでの常識を完全に打破した思想や方法論との出会い、

そして、南国の旅情、謎めいた女のへの思慕を背景に、

血の歴史と民族の真実に迫る…。

「フィクション」と「ノンフィクション」の境が空ろな世界…

 もしかしたら、これは近い将来の『現実』なのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

試読コーナー

 

 

 

西行は倉井からの宅急便を受け取った。中身は、『日本の解体と再建』と表題がついた、A4判の分厚い本であった。町の小さな印刷屋で製本されたらしく、表紙も薄く、いかにも簡易製本といった体裁(ていさい)である。

西行は、すぐに倉井の携帯電話へ連絡を入れた。

「なんだよ、いきなりこんなもの送ってきて…」

「まあ、(ひま)があったら読んでみなよ。けっこう面白いぜ…」

「わざわざ送らなくたって、アジトで手渡せばいいじゃないか」

「いや、いま東京じゃないんだ」

「どこにいるんだ?」

「鹿児島…え〜と、なんて言ったかな…フキアゲ浜ってところだよ」

「フキアゲ浜? 仕事で行ってるのか?」

「まあね…ちょっと面白いもの見つけてね」

「なんだよ?」

「まあ、いいから…それより、送った本、大事にしておいてくれよ」

 倉井は一方的に電話をきった。

 《また、怪しげなことに首を突っ込んでいるんだろう…》

 そのとき西行は、さして気にしなかった。送られた本をめくってみたが、難解な言葉がならんでいるばかりで、読む気になれず、マンションの部屋に放ってある。

 《倉井が自殺するなんて、考えられない…》

 転落死と聞いたとき、一瞬、自殺も頭を()ぎったが、倉井のしたたかさや旺盛な行動力と自殺は結びつかなかった。

(1章「死者の福音」より)

 

 

「そうね…私にとって、邪馬台国の真偽はどうでもいいの。古代の神秘って、すてきよね。だから、きのう西行さんと会わなかったら、きょう吉野ヶ里遺跡を見てみようって、漠然と考えていたの…」

「オレも同じさ…倉井の死んだ真相を知ったところで、倉井が生きかえるわけじゃない。でも、たとえ無駄でも、自分なりに考えることやできることは、してみたいだけさ…」

「…」

「よし、それじゃあ、あしたは吉野ヶ里遺跡へ行こう!」

 西行は、表情を閉ざした美穂子を励まそうと、意識して陽気に言った。

 美穂子の知性を実感すればするほど、そこから匂いたつ妖艶さとの距離が深くなる。それは、そのまま女の魅力の深さとなって、西行を惹きつける。

 則尾の勧める宿屋はおあずけになったが、もう一日、美穂子と一緒にいられることだけでよかった。 

 指宿スカイラインは、やや高台を走っており、錦江湾が見おろせる。(もや)がかかった薄暮のなか、対岸の桜島の噴煙が、薄紅色の帯となって伸びている。燈りはじめた街の明かりが、湾の輪郭を浮き立たせていた。

美穂子が邪馬台国と言ったとき、西行の頭のなかにはヒミ()の姿が浮かんだが、その神秘の女王の風貌(ふうぼう)が、美穂子と重なってドキッとした。

(2章「蠱惑の卑弥呼」より)

 

 

 

「だいたいさぁ、これは、なんの書なんだ?」

「なんの書って…どういうことだ?」

 星は、西行の唐突(とうとつ)な言葉を(いさ)めるように、冷淡な視線を返した。

「つまりさぁ、歴史書なのか、思想書なのかって、ことだよ…」

「さっきからのやり取りをみてればわかるじゃないか、これは、日本と、それに関連した世界の歴史的事実の因果関係を解明し、来るべき時代がどうなるかを指し示す書さ…」

「つまり、未来を暗示するバイブルってことか?」

「そこまでは、言ってないけど…」

 さも呆れたという表情で、星は大仰に椅子の背に身体を持たれかけた。すると福田が、

「それって、案外と重要な核心じゃないかな…」

 と、神妙な面持ちで星を見た。

(3章「革命者のバイブル」より)

 

 

那覇市から浦添(うらぞえ)市と続く数キロ間は、ビルに囲まれた道だった。しかし、浦添市の街路を抜けると、道の周囲はビルからヤシの並木へと変わり、すぐに米軍の広大な施設が現われる。左手には、芝を張り巡らせた施設越しに、エメラルドグリーンの海が見えはじめた。

「ボクは、沖縄には三つの表情があると思っているんだ。ひとつは米軍色に染められたアメリカンな表情、もうひとつは観光を意識したトロピカルリゾートの表情、そしてもうひとつは琉球としてのネイティブな表情だ。厳密に言えば、琉球の表情には、(いにしえ)から亜熱帯の自然と共存した生活文化と、中国、東南アジアなどとの交易から生れたチャンプルー文化の二面がある。ちなみにチャンプルーって言うのは、ごちゃまぜって意味なんだけど、長崎のチャンポンと同じさ。それを、みんな案内するよ。まずは、見てのとおり米軍のアメリカンな表情からチャンプルー文化の部分ってところだな」

則尾は解説しながら北谷(ちゃたん)町の裏通り車を入れた。

(4章「琉球の本性」より)

 

 

美穂子は西行のために特上のワインを用意して待っていた。西行の到着を待ちかねたように、部屋に入った西行の首に腕を回し、唇をせがんだ。

「きょう、せっかくワインを買ってきたのに、来ないのかと思ってた…でも、よかった…」

 このところの美穂子の抱擁は、絡み付いてくる…そんな言葉がピッタリする。

 それは手足といわず、腰や胸といわず、()りよせるように全身を密着させてくる。それが美穂子の自然な生動なのか、それとも演出なのか…甘えるネコのように、あるいは得体の知れぬ生き物の蠕動(ぜんどう)のように、身体(からだ)を絡ませてくる美穂子に、西行は『女』を感じずにはいられない。感じるというより、美穂子が発散する『女』に、翻弄(ほんろう)されてしまう自分がいる。

かろうじて、それを食い止めるものがあるとしたら、それは倉井の概念だった。全身を絡ませ、小さく喘ぐように吐息する美穂子のどこかに、西行はいつも、倉井の面影を見てしまう。『決着をつけなければ』という気負いも、その面影を消化してしまおうとする妄執(もうしゅう)かもしれなかった。

(5章「迷宮の扉」より)

 

 

「やっぱり…好奇心なのね…」

「ああ、日本はこれまでの歴史で、自国を自らの手で勝ち取るといった革命はなかった。だから、祖国という感覚もないし、ナショナリズムという意識もないんだと思う。オレは、これまでいろんな企業や行政機関を取材していて、どうしてこんな幼稚な考えやシステムに縛られているんだろうって、いつも感じてきたんだ。やっぱり日本は植民地だよ…つまり、オレたちの世代はね…わずかに戦前の教育概念を残した世代と、なんのベースメントも持たずに偏差値教育の勝者と敗者の感覚しか持たない現在の世代をつなぐ、リングの世代なんだと思う…オレたちが、二十一世紀のあり方を見定めなかったら、日本は終わりだよ…だから、もしかしたら起こるかもしれない沖縄革命に、興味があるんだ」

嘘ではなかった。たしかにこのことは、西行がこの事件の根に迫ろうとする、2番目(・・・)の理由だった。

(6章「迷路の追走」より)

 

 

 福田は強引に西行を退けて運転席に座り、車を発進させた。

 助手席で車窓の風景を追っているうちに、昨夜の寝不足がたたり、睡魔(すいま)が襲ってきた。

《もう…美穂子を追ってもしょうがない…》

フっと眠りに(いざな)う疲労感と戦いながら、西行は思った。

宮城島のサトウキビ畑の台地は起伏に富んでいる。

来るときは運転していたために気づかなかったが、サトウキビの根元の土は、救いようがないほどカラカラに乾いている。それなのに、風のままに揺れる一面のサトウキビ畑には、不思議な潤いがあった。

南国の初夏の陽光に焼かれた、粗いアスファルトの道に、ボウっと現われては消える『逃げ水』の蜃気楼が、風景をしっとり揺らめかせているせいかもしれない。

《いまの自分にとって、美穂子は、あの蜃気楼(しんきろう)のようなものだ…》

 西行の心を、行き着けない寂寥感が()ぎっていった。 

(7章「亜熱帯の蜃気楼」より)

 

 

南国の太陽は、すでに水平線に近づいていた。

 名護市街から海際(うみぎわ)の国道58号線にでると、(まば)らなフェニックスの(みき)のむこうに、夕景の海が広がった。一瞬その情景が西行の心を奪った。美穂子の生々しい痕跡(こんせき)が残る場所に行こうとしている現実を、忘れてしまいそうになった。

 赤みを帯びた水平線に(たむろ)す雲間から、幾筋もの射光が海面を照らしている。それは、綺麗(きれい)という言葉ではとうてい追いつきそうもない、神秘的な光彩だった。静かな南国の海に、神々が競って瑞光(ずいこう)(もたら)している…そんな光景だった。

《琉球の人々は、いつもこんな光景を見ているのか…》

 ふと西行の脳裏に、何かの本で読んだニライ・カナイの伝説が浮かんだ。

海の彼方から神が渡来し、琉球の人々や大地に豊穰(ほうじょう)や幸福をもたらすという、琉球の伝説であり、信仰であった。

《大城の沖縄独立計画は、もしかしたらニライ・カナイのようなものなのかもしれない…》

 西行は、時空を超えた琉球王国の、透明で底力に満ちた意思を感じたような気がした。

《この透明な意思が、美穂子を動かしたのか…》

 そう思うと、美穂子のあらゆる行為を許容できそうに思えた。

(8章「ニライカナイの幻想」より)

 

 

「俺たち…いや、少なくとも俺には、これまで、こんなに日本人である自分を見つめ、世代ってものを考えた経験がない。精神の(いしずえ)脆弱(ぜいじゃく)新人類(・・・)も、少しは先が見通せるようになったってことだな…」

(9章「血と智の慟哭」より)